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猫パロシリーズです。
猫パロを初めて読む方はこちら→としぞー拾いました。 ちづ拾いました。
2人と2匹になるまで。 1 2 3 4 5 6 7
オフ本「2人と2匹で同居はじめました。」直後のお話ですが、本は読んでいなくても大丈夫です。
お邪魔してきました (1)
「みー……」
「ふふ。もうすぐ終わるからね」
キッチンを塞ぐ木製の柵を、ちづが小さな爪でかりかりと引っ掻く。
柵の隙間からちらちらと見え隠れする表情は、つまらないとでも言ったようだ。
今日は、土方先生が久しぶりに早く帰って来る。
早いといっても普通の会社員でいうところの定時だが、獣医である先生は遅番や夜勤もあるし、なんと言っても忙しい。
同居を始めてから一月経ったが、ちゃんと顔を合わせて食事をしたことは片手で数える程度しかない。
だから、一緒に食卓につけるときは気合いを入れて料理を作る。――といっても、和食を好む先生のリクエストは千鶴が作ったことのある家庭料理ばかり。
せめてもの努力として、下拵えから丁寧にすることにしている。
それでも大した料理ではないのに、美味しいと言ってくれる先生の言葉が嬉しくて、そんな彼をもっと好きになって。
片想いをしていたとき、先生の言動全てにどきどきしていた頃と何ら変わりない。
自分と先生が付き合っているなんて、まだ実感が沸いていなかった。
(――いけない。料理中に手をすべらせたら大変……!)
あとは豆腐を切って、味噌を溶かして味噌汁の完成。
今日は、大根と手羽先の煮物に、人参のきんぴら、小松菜のお味噌汁。
箸休めが足りないかもと思い、白菜の浅漬けも追加した。夕食の時間には漬かってくれているはずだ。
大学生になる前は父と二人で暮らしていたので、やはり和食ばかり作っていた。
おかげで先生のリクエストに答えられて嬉しい一方、美味しいと言ってもらえるだけで上がってしまう私は言葉をうまく返せない。
同居を始めた日に付き合い始めたので、恋人として過ごすのも、既に一月が経っている。
慣れなくてはと思う一方で、先生の言動に、いちいち胸をときめかせてぎこちない状態が続いていた。
(……だから、集中……!)
完全に手が止まっていた。
久しぶりに先生が早く帰って来るので、浮かれているのかもしれない。
ぐっと背筋を伸ばして、手の上の豆腐にそっと包丁を入れる。
味噌を溶かしたら、あとは先生が帰ってきたときに温め直すだけだ。
「み! みいー!」
「もう終わったよ。土方先生が帰って来るの一緒に待とうね……あれ、電話?」
柵を開けてリビングへ出ると、待ってましたとちづが飛びついてくる。相変わらずふわふわで気持ちいい。
まだ小さな身体を抱き上げ胸に収めたところで、リビングのテーブルに置きっ放しだった携帯が鳴っていることに気付く。
忙しなく鳴る着信音に驚いたのか、としぞーが周りをうろうろとしていた。
ごめんね、と不安そうな頭を撫でて携帯を手に取る。
「――はい。土方先生ですか?」
ディスプレイに表示された名前は『土方歳三』。
あわてて電話に出れば、切羽詰まった声が帰ってきた。
『千鶴か!? おまえ、いま家に居るな?』
「えっ? は、はい」
『いいか、ぜったいに誰が来ても、』
「あの……誰か来たみたいなので、少し失礼しますね」
『おい、待て――』
先生の声にかぶさるように鳴ったインターホン。
カメラに映った顔は、以前動物病院で会った……そうだ、『沖田さん』だ。確か、彼も獣医だったはず。
先生の周りに集まる人たちは綺麗な人が多い。画面越しに微笑んでいる沖田さんも、例にもれず整った顔をしている。
「――はい」
『……へえ。本当に居た』
「えっ?」
『千鶴ちゃん、だよね? 覚えてるかなあ、沖田です。いま家に入れてもらっても大丈夫?』
「沖田さんお久しぶりです。……あの」
『ちなみに、土方さんの許可はもらってるから心配いらないよ』
「そ、そうですか」
いつの間にか、土方先生との通話は切れてしまっていた。
でも、先生の友人というのは事実だし、家へ入れることに問題があるとは思えない。
それに以前、「総司が突然押しかけてくる」とか呟いていたことがあった気がする。
「いま開けますね」
『そう、ありがとう』
お客さんなら、いつまでも玄関先に立たせているのは申し訳ない。
「み゛!」
「としぞー? どうしたの?」
配達や集金が来ただけで、ちづと違って部屋の奥へ引っ込んでしまうのにどうしたのだろう。
としぞーが行く手を阻むようにこちらを見上げている。
「……しわ寄ってるよ」
「にゃ!」
額をちょいちょいとつつく。それでも不機嫌そうな顔を崩さず、顔を背けただけでその場所から引かない。
「土方先生のお友達だから、心配しないで?」
「……」
そういえば、前回病院で会ったとき、沖田さんに向かって思い切り威嚇していたことを思い出す。
先生ともあまり仲良くないとしぞーだが、沖田さんも同じなのだろうか。
でも、今はそれを考えている時間がない。
「えっと、ごめんね」
「み゛ぃー!」
仕方なくとしぞーの脇をすり抜ける。
後ろから非難の鳴き声が聞こえたけれど、玄関の鍵をカチャリと鳴らせば、いつも通り奥に引っ込んでしまった。
代わりに現れたのは、にこにこと笑う沖田さんだ。
先生より背が高いので、見上げるようにしないと顔を見ることができない。
「開けてくれてありがとう。お邪魔します」
「ええと、どうぞ」
とくに遠慮するでもなく、さっさと靴を脱ぎ始めてしまう。
(さっき、先生の許可はもらったって言ってたし、問題ないよね?)
掃除をしておいて良かったとか、ごはんは食べていくのかなとか、この家に住んでから初めての来客に必死で頭を回す。
「ちづは二ヶ月ぶりくらいかな。また大きくなった?」
「みー」
「あっ」
すっかり忘れてた。ちづを抱っこしたままだ。
沖田さんに頭をぐるりと撫でられて、ちづが気持ちよさそうに鳴く。
「……仲良しですね」
「土方さんの医院でよく遊んでたからね。あと、この家に来たときとか……ところで、勝手にコーヒーとか淹れていい?」
「すいませんお茶も出さないで! すぐに淹れますから」
「じゃあお言葉に甘えようかな」
慣れた様子でリビングのソファに座った沖田さんが、私の腕から抱き上げたちづと遊び始める。
「あの、ところで」
ご用件は? と尋ねる前に、玄関の扉が勢いよく開く音が響いた。鍵を持っているのは、自分以外に一人しかいない。土方先生だ。
彼にしては珍しく、ばたばたと音をたてて廊下を歩いてくる。
「……はあ。やっぱりか」
息を切らした先生が、乱れて顔に落ちる髪を掻き上げながらリビングへ入ってきた。落胆と苛立ちの心情を眉間の皺が物語っている。
後方には斎藤さんを伴っていた。
「にゃ!」
不機嫌な先生と緊張する私を余所に、ご主人が帰宅したのでちづはご機嫌だ。
一目散に向かってきたちづを抱き上げた先生が、ソファでくつろぐ沖田さんを一瞥した後、じろりとこちらに目線を移す。
「千鶴、なんでこいつを家に入れたんだよ」
「……えっと」
こんなに厳しい表情をする先生は初めてで、すぐに声が出てこない。
さっきまで早く帰って来て欲しくて仕方なかったのに、どうしてこんなことになっているのだろう。
「僕が、土方さんに話してあるって言ったんです。彼女は悪くありません」
「総司、この……!」
「それなのに女の子を睨みつけたりして、心の狭い男は嫌われますよ?」
「総司、言葉が過ぎるぞ。雪村も困っている」
「……はいはい分かってるよ。あーあ、なんで一君までついて来ちゃうかなあ」
「おまえが土方さんを困らせることなど、考えなくても分かる」
沖田さんがため息をつく。
どうやら、斎藤さんはこうなることを予見して来てくれたようだ。あとでお礼を言わなくては。
今の会話で少しだけ分かったことは、沖田さんは土方先生を困らせることが多いらしいということ。
でも、とりあえず引き下がってくれたし、ちづを可愛がってくれているし、悪い人だとは思えない。
「千鶴、勘違いして悪かった」
「いいえ! 勝手なことをしてしまったのは事実ですし、すいませんでした」
「ったく、おまえが謝ってんじゃねえよ」
苦笑いではあるけれど、やっと先生が笑ってくれた。
肩に置かれた手から、じんわりと暖かさが広がって肩の力が抜ける。思ったより緊張していたらしい。
「……詫びた直後だが、ひとつ頼まれてくれねえか」
「はい、なんでしょうか?」
「今日の夕食だが、二人分追加してくれねえか? 当然手伝うからな」
「もちろん、喜んで!」
「俺も手伝います」
「土方さんは、一君に任せてた方がいいんじゃないですか? 僕おいしいほうが良いし」
「おまえはどうなんだよ!」
「僕はここでちづの相手をするという大切な仕事がありますんで」
先ほどまでの剣呑な雰囲気はどこへやら。やはり先生の友人というのは間違っていなそうだ。
わいわいと流れる会話に、自分が加わっていることが嬉しい。
ちづはいつの間にか沖田さんの膝に乗って遊んでいるし、としぞーは逃げ込んだソファの下から沖田さんをじっと見て……あれは獲物を捕獲するときの構えに見えなくもないが、いまは見なかったことにしよう。
「雪村、まずは何をすればいいのだ」
「ええっと。じゃあ斎藤さんにはお味噌汁の追加分をお願いして……土方先生はお米をといでいただければ助かります」
「……分かった」
一瞬、簡単すぎる作業に先生が何かを言いかけた。
しかし、大人しく従ってくれたということは、先週手伝ってくれたときの事を彼も思い出したのだろうか。
あのとき、包丁や皮むき器で負傷した跡が、先生の手にまだ残っているかもしれない。
「なに笑ってんだ」
「な、何でもありません」
さっきとは違う、恥ずかしそうな非難の目をじろりと向けられて、ぱっとそらした。
先生と二人きりにならなかったのは残念だけど、にぎやかな食卓は久しぶりだ。おかずの種類を増やしたら喜んでもらえるだろうか。
楽しみでこっそり微笑んだら、今度は違うのに先生がまた不機嫌になった。
<続>
猫パロを初めて読む方はこちら→としぞー拾いました。 ちづ拾いました。
2人と2匹になるまで。 1 2 3 4 5 6 7
オフ本「2人と2匹で同居はじめました。」直後のお話ですが、本は読んでいなくても大丈夫です。
お邪魔してきました (1)
「みー……」
「ふふ。もうすぐ終わるからね」
キッチンを塞ぐ木製の柵を、ちづが小さな爪でかりかりと引っ掻く。
柵の隙間からちらちらと見え隠れする表情は、つまらないとでも言ったようだ。
今日は、土方先生が久しぶりに早く帰って来る。
早いといっても普通の会社員でいうところの定時だが、獣医である先生は遅番や夜勤もあるし、なんと言っても忙しい。
同居を始めてから一月経ったが、ちゃんと顔を合わせて食事をしたことは片手で数える程度しかない。
だから、一緒に食卓につけるときは気合いを入れて料理を作る。――といっても、和食を好む先生のリクエストは千鶴が作ったことのある家庭料理ばかり。
せめてもの努力として、下拵えから丁寧にすることにしている。
それでも大した料理ではないのに、美味しいと言ってくれる先生の言葉が嬉しくて、そんな彼をもっと好きになって。
片想いをしていたとき、先生の言動全てにどきどきしていた頃と何ら変わりない。
自分と先生が付き合っているなんて、まだ実感が沸いていなかった。
(――いけない。料理中に手をすべらせたら大変……!)
あとは豆腐を切って、味噌を溶かして味噌汁の完成。
今日は、大根と手羽先の煮物に、人参のきんぴら、小松菜のお味噌汁。
箸休めが足りないかもと思い、白菜の浅漬けも追加した。夕食の時間には漬かってくれているはずだ。
大学生になる前は父と二人で暮らしていたので、やはり和食ばかり作っていた。
おかげで先生のリクエストに答えられて嬉しい一方、美味しいと言ってもらえるだけで上がってしまう私は言葉をうまく返せない。
同居を始めた日に付き合い始めたので、恋人として過ごすのも、既に一月が経っている。
慣れなくてはと思う一方で、先生の言動に、いちいち胸をときめかせてぎこちない状態が続いていた。
(……だから、集中……!)
完全に手が止まっていた。
久しぶりに先生が早く帰って来るので、浮かれているのかもしれない。
ぐっと背筋を伸ばして、手の上の豆腐にそっと包丁を入れる。
味噌を溶かしたら、あとは先生が帰ってきたときに温め直すだけだ。
「み! みいー!」
「もう終わったよ。土方先生が帰って来るの一緒に待とうね……あれ、電話?」
柵を開けてリビングへ出ると、待ってましたとちづが飛びついてくる。相変わらずふわふわで気持ちいい。
まだ小さな身体を抱き上げ胸に収めたところで、リビングのテーブルに置きっ放しだった携帯が鳴っていることに気付く。
忙しなく鳴る着信音に驚いたのか、としぞーが周りをうろうろとしていた。
ごめんね、と不安そうな頭を撫でて携帯を手に取る。
「――はい。土方先生ですか?」
ディスプレイに表示された名前は『土方歳三』。
あわてて電話に出れば、切羽詰まった声が帰ってきた。
『千鶴か!? おまえ、いま家に居るな?』
「えっ? は、はい」
『いいか、ぜったいに誰が来ても、』
「あの……誰か来たみたいなので、少し失礼しますね」
『おい、待て――』
先生の声にかぶさるように鳴ったインターホン。
カメラに映った顔は、以前動物病院で会った……そうだ、『沖田さん』だ。確か、彼も獣医だったはず。
先生の周りに集まる人たちは綺麗な人が多い。画面越しに微笑んでいる沖田さんも、例にもれず整った顔をしている。
「――はい」
『……へえ。本当に居た』
「えっ?」
『千鶴ちゃん、だよね? 覚えてるかなあ、沖田です。いま家に入れてもらっても大丈夫?』
「沖田さんお久しぶりです。……あの」
『ちなみに、土方さんの許可はもらってるから心配いらないよ』
「そ、そうですか」
いつの間にか、土方先生との通話は切れてしまっていた。
でも、先生の友人というのは事実だし、家へ入れることに問題があるとは思えない。
それに以前、「総司が突然押しかけてくる」とか呟いていたことがあった気がする。
「いま開けますね」
『そう、ありがとう』
お客さんなら、いつまでも玄関先に立たせているのは申し訳ない。
「み゛!」
「としぞー? どうしたの?」
配達や集金が来ただけで、ちづと違って部屋の奥へ引っ込んでしまうのにどうしたのだろう。
としぞーが行く手を阻むようにこちらを見上げている。
「……しわ寄ってるよ」
「にゃ!」
額をちょいちょいとつつく。それでも不機嫌そうな顔を崩さず、顔を背けただけでその場所から引かない。
「土方先生のお友達だから、心配しないで?」
「……」
そういえば、前回病院で会ったとき、沖田さんに向かって思い切り威嚇していたことを思い出す。
先生ともあまり仲良くないとしぞーだが、沖田さんも同じなのだろうか。
でも、今はそれを考えている時間がない。
「えっと、ごめんね」
「み゛ぃー!」
仕方なくとしぞーの脇をすり抜ける。
後ろから非難の鳴き声が聞こえたけれど、玄関の鍵をカチャリと鳴らせば、いつも通り奥に引っ込んでしまった。
代わりに現れたのは、にこにこと笑う沖田さんだ。
先生より背が高いので、見上げるようにしないと顔を見ることができない。
「開けてくれてありがとう。お邪魔します」
「ええと、どうぞ」
とくに遠慮するでもなく、さっさと靴を脱ぎ始めてしまう。
(さっき、先生の許可はもらったって言ってたし、問題ないよね?)
掃除をしておいて良かったとか、ごはんは食べていくのかなとか、この家に住んでから初めての来客に必死で頭を回す。
「ちづは二ヶ月ぶりくらいかな。また大きくなった?」
「みー」
「あっ」
すっかり忘れてた。ちづを抱っこしたままだ。
沖田さんに頭をぐるりと撫でられて、ちづが気持ちよさそうに鳴く。
「……仲良しですね」
「土方さんの医院でよく遊んでたからね。あと、この家に来たときとか……ところで、勝手にコーヒーとか淹れていい?」
「すいませんお茶も出さないで! すぐに淹れますから」
「じゃあお言葉に甘えようかな」
慣れた様子でリビングのソファに座った沖田さんが、私の腕から抱き上げたちづと遊び始める。
「あの、ところで」
ご用件は? と尋ねる前に、玄関の扉が勢いよく開く音が響いた。鍵を持っているのは、自分以外に一人しかいない。土方先生だ。
彼にしては珍しく、ばたばたと音をたてて廊下を歩いてくる。
「……はあ。やっぱりか」
息を切らした先生が、乱れて顔に落ちる髪を掻き上げながらリビングへ入ってきた。落胆と苛立ちの心情を眉間の皺が物語っている。
後方には斎藤さんを伴っていた。
「にゃ!」
不機嫌な先生と緊張する私を余所に、ご主人が帰宅したのでちづはご機嫌だ。
一目散に向かってきたちづを抱き上げた先生が、ソファでくつろぐ沖田さんを一瞥した後、じろりとこちらに目線を移す。
「千鶴、なんでこいつを家に入れたんだよ」
「……えっと」
こんなに厳しい表情をする先生は初めてで、すぐに声が出てこない。
さっきまで早く帰って来て欲しくて仕方なかったのに、どうしてこんなことになっているのだろう。
「僕が、土方さんに話してあるって言ったんです。彼女は悪くありません」
「総司、この……!」
「それなのに女の子を睨みつけたりして、心の狭い男は嫌われますよ?」
「総司、言葉が過ぎるぞ。雪村も困っている」
「……はいはい分かってるよ。あーあ、なんで一君までついて来ちゃうかなあ」
「おまえが土方さんを困らせることなど、考えなくても分かる」
沖田さんがため息をつく。
どうやら、斎藤さんはこうなることを予見して来てくれたようだ。あとでお礼を言わなくては。
今の会話で少しだけ分かったことは、沖田さんは土方先生を困らせることが多いらしいということ。
でも、とりあえず引き下がってくれたし、ちづを可愛がってくれているし、悪い人だとは思えない。
「千鶴、勘違いして悪かった」
「いいえ! 勝手なことをしてしまったのは事実ですし、すいませんでした」
「ったく、おまえが謝ってんじゃねえよ」
苦笑いではあるけれど、やっと先生が笑ってくれた。
肩に置かれた手から、じんわりと暖かさが広がって肩の力が抜ける。思ったより緊張していたらしい。
「……詫びた直後だが、ひとつ頼まれてくれねえか」
「はい、なんでしょうか?」
「今日の夕食だが、二人分追加してくれねえか? 当然手伝うからな」
「もちろん、喜んで!」
「俺も手伝います」
「土方さんは、一君に任せてた方がいいんじゃないですか? 僕おいしいほうが良いし」
「おまえはどうなんだよ!」
「僕はここでちづの相手をするという大切な仕事がありますんで」
先ほどまでの剣呑な雰囲気はどこへやら。やはり先生の友人というのは間違っていなそうだ。
わいわいと流れる会話に、自分が加わっていることが嬉しい。
ちづはいつの間にか沖田さんの膝に乗って遊んでいるし、としぞーは逃げ込んだソファの下から沖田さんをじっと見て……あれは獲物を捕獲するときの構えに見えなくもないが、いまは見なかったことにしよう。
「雪村、まずは何をすればいいのだ」
「ええっと。じゃあ斎藤さんにはお味噌汁の追加分をお願いして……土方先生はお米をといでいただければ助かります」
「……分かった」
一瞬、簡単すぎる作業に先生が何かを言いかけた。
しかし、大人しく従ってくれたということは、先週手伝ってくれたときの事を彼も思い出したのだろうか。
あのとき、包丁や皮むき器で負傷した跡が、先生の手にまだ残っているかもしれない。
「なに笑ってんだ」
「な、何でもありません」
さっきとは違う、恥ずかしそうな非難の目をじろりと向けられて、ぱっとそらした。
先生と二人きりにならなかったのは残念だけど、にぎやかな食卓は久しぶりだ。おかずの種類を増やしたら喜んでもらえるだろうか。
楽しみでこっそり微笑んだら、今度は違うのに先生がまた不機嫌になった。
<続>
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