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人魚姫パロを目指したんですが、異世界感はほとんど無くなってしまいました。
先に言ってしまいますと、悲恋ではありません。

全4話予定ですが、ゆっくり連載していく予定です。
もしお気に召しましたらお付き合いください♪

(1)()()() 完結しました。

拍手[11回]










夏の湿気を帯びた生温い潮風を受けながら、いつもの様に浜辺で胡坐をかいて海を眺める。
誰もいない、寂れた田舎の砂浜から見る夜の風景なんて、ただ広がる海と、山沿いのぽつぽつ光る街灯くらいだ。
今日も、何の変りもない。
短くなった煙草を灰皿に押し付け、ジーパンについた砂を払い、砂浜に足跡を付けながら古びたアパートの1階の部屋に帰る。
わざわざ玄関から出るのも入るのも面倒で、浜辺に行く時は海に向いたベランダを使っている。
潮風で錆びついた手すりに足を掛けると、ぎいと軋んだ音がした。毎日のように大の男の体重を支えていては、壊れるのは時間の問題かもしれない。
部屋に入れば、前の住人が置いていったらしい2人掛けのテーブルに残した飲みかけのビールに気付いて、浜辺に持っていけば良かったと思いながらベッドに身体を横たえる。
開けっ放しのベランダから、波の音だけが月明かりだけの薄暗い部屋に入り込んできた。

朝は水平線から昇る太陽に起こされて、仕事をして、飯を食って、夜の海を眺めて、波の音を聞きながら眠る。
何もなくてつまらない毎日だが、何の不満もない。
1人で十分生きていける―――淡々としたこの生活が気に入っていた。





あなたに会いにきました。 (1)





「―――、ん…?」

深夜、ベランダから聞こえる不自然な音に起こされた。
こんな田舎に、しかもこんな立派な男が寝る部屋に泥棒なんて来るのかと疑ったが、確かにベランダはいつものように開け放しで寝た。
そこまで頭を働かせて視線をベランダに向けてみると、海からの弱い月明りを背に、カーテンに人形のシルエットが映る。

「――…」

その影はベランダにぺたりと座り込みそのまま動く様子もない。背丈は分からないが、小柄であるということだけは見て取れた。

おそらく、女か子供。

そうと分かれば警戒心は薄れ、ベッドから降りるとためらいなくそこへ近づく。
人の気配を感じ取ったのか、それが微かに動くと同時にカーテンを開け放った。それと同時にどこからか潮風が吹き、俺を通り越して部屋に入って行く。

見下ろした先に居たのは、子供とも大人ともつかない妙齢の少女。
俺を見上げてくる瞳はつぶらで大きく、薄暗いベランダでも眼球の綺麗な褐色が光っている。
目につくのは細くて生っ白い身体に真っ白なワンピース。艶のある長い黒髪が月光に照らされて、いやに美しいものに見える。

しばらく呆然と眺めていると、きょとんとした顔でこちらに腕を伸ばしてきて、弱い力で履き古したジーパンをちょんと掴まれた。
よく見れば、袖のないワンピースから無防備に晒された腕には、浅い傷がたくさんついていた。腕だけではない、脚もだ。
靴も履いていなければ何も持っていない常識外れな格好。正に『身ひとつ』という言葉が当てはまった。

「お前」
「―っ! ―…っ!?」

俺の問いかけに答えることなく、つまったような擦れたような、息とも声とも分からない音をはく。
あまりにも必死の形相に数十秒あっけに取られたが、突如動きをぴたりと止めると、みるみるうちに瞳いっぱいの涙を溜めた。

「……っ…」

一度まばたきをすれば、大粒の涙がぼろりと彼女自身の脚に落ちて、白のワンピースに染みを作った。すっかり下がった眉と縋るような瞳でこちらを見上げてくる。
いつの間にか強く握られたジーパンはすっかり皺をつくっていた。

「…声が出ないのか?」

こくこくと首を縦にふる。その度にまた涙がぽたぽたと落ちていく。

「分かった」

一体自分は何が分かったのか、後から考えてもよく分からないが、おそらく彼女を落ち着かせるために発した言葉だった気がする。
とりあえずこの場所はあんまりだと思い、部屋に入れという意味で手を差し出せば、律儀にも両手でぎゅっと握られた。握られた手が予想外に暖かくて一瞬瞠目したが、それはすぐ思考から消え去った。
少女は、自力で立てなかったのだ。
かすり傷以外は何もないように見えたが、脚にうまく力が入らないらしい。
何度も尻もちをつくのを見かねて、仕方なく抱え上げてベッドに運んだ。

――それからは、言葉を話せない少女との意思疎通を図る戦いだった。

文字は書けないのか、ペンと紙を渡しても困ったような顔をして受け取ろうとしない。
せいぜい俺の質問に首をふって答えるか、口の形でこちらが単語を当てるかの方法しかなかった。

そして今、彼女の名前を当てている真っ最中である。

「………ちづる?」
「 ! 」

嬉しそうにぶんぶんと頷く。初めて見せた笑顔は、世間で『花が綻ぶ』とかいうそれだった。

「…そんなに勢いよく振ると首がもげるぞ」

体当たりのごとく抱きついて来たので好きなようにさせておく。
『千鶴』というらしい少女が首筋に顔を埋めれば、微かに海の匂いがした。安堵する匂いとはこういうことを言うのだろうか。

それにしても、こいつはこれからどうする気なのか――本当に変な拾いものをしたと苦く笑う。

「まあ、たまには良いか」

どうせ、明日からも変わり映えしない生活を送るだけなのだから。
人の毒気を抜くかのように笑う千鶴の頭をぽんぽんと撫でた。



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