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SSLの土方ED後2話目です。一話読み切り型。
過去作品はこちらからどうぞ→<作品リスト>

拍手[19回]






土方先生と千鶴先生(2)




「千鶴先生ー! さよならー!」
「先生またねー!」

夕暮れの廊下。
いつもは味気ない灰色の床がオレンジ色に染まっている。
その続く先で、生徒たちが元気に手を振っていた。
何とか顔が識別できるくらいの遠さだが、大きく張りあげてくれたらしい声ははっきりと聞こえる。

「夏休み、楽しんでね。宿題もちゃんとやらなきゃダメよ!」

負けじと大きな声で返事をする。
えーとかうーとか、笑い混じりの悲鳴が聞こえたが、やがてまた手を振って帰宅していく。
今日は一学期の終業式だったので、生徒たちはとても元気だ。
いよいよくる夏休みに心を躍らせているらしい。

一方、千鶴はといえば、疲労感でいっぱいだった。しかし、なんとかやり遂げたという満足感もある。
すこしふわふわとする足を、しっかりと地面につけて職員室へと向かう。
途中ですれ違った山南先生が「おや、ホームルームは終わりですか? お疲れ様です」と声をかけてくれた。
じわじわと実感が沸いてくる。

入室すれば、空調がひんやりとした室内。
残業中の教師たちが、デスクに向かって仕事に励んでいる。
千鶴は一年生の担任だ。
職員室の一番南側。同じく、一年生を担任する教師たちのデスクが集まる場所へ向かう。
自分の椅子に腰かけたら、どっと疲れが襲いかかる。思わず背もたれに身を預けた。

「おっ! 『千鶴先生』、はじめての一学期おつかれ!」

真横から、威勢の良い声があがった。

「永倉先生、ありがとうございます。……ところで、あの、先生までそのあだ名で呼ぶのは止めて欲しいのですが……」
「なんだ、良いじゃねえか可愛くて。担任以外で、授業持ってるクラスでもすっかり浸透したんだろ?」
「うっ……どうしてそれを」
「そりゃあ、生徒みんながそう呼んでたら耳に入るって。それに好かれてる証拠じゃねえか!」

大きな手で、背中をばしばしと叩かれる。
すっかり暑くなってきたので、頭のタオルはそのままに、上はTシャツ一枚の永倉先生。
私が薄桜学園の生徒だったときから、このスタイルはずっと変わらない。

「おい新八。少しは手加減しやがれ」

対面にあった赤毛の頭が動く。
デスクに並べられた書類の上からひょこりと見えた顔は、やれやれといった様に呆れていた。

「何だよ左之。俺は頑張った千鶴ちゃんを励ましてるだけだ」
「あー分かった分かった。……だけどな新八、千鶴がそのあだ名で呼ばれるのも、おまえが生徒たちの前で『千鶴ちゃん』って連呼するせいかもしれねえ」
「そ、それはそうかもしれねえけどな。さっきから言ってるけどよ、可愛いし、親しみが込められてる気がするし、良い呼び名だと俺は思うぜ?」
「……まあ、それは違いねえな」
「――そう言って頂けるなら、嬉しいです」

薄桜学園の教師になって数か月。
わたしの呼称は、なぜか『千鶴先生』で固定されてしまっていた。
いつの授業中だったか、一部の女子生徒たちが呼び始めたあだ名が浸透してしまったのだ。
教師の威厳がと思い止めさせようにも、永倉先生が言う様に、特におかしな呼称でもない。
それに、生徒たちが千鶴に対して、親しみを感じてくれている気がして嬉しいという気持ちも顔を覗かせる。
どうしたものかと試行錯誤しながら今に至る。もはや、授業を持つ生徒全員が呼称として使っているように思う。

(いっそのこと、前向きに受け入れるべきなのは、分かっているのだけど)

しかし、正面から褒められるとやはり恥ずかしい。
控えめに発した、千鶴の「嬉しい」という言葉に、永倉先生は満足という顔でにかっと笑った。

「そうそう、細かいことは気にすんなって」

最後のおまけとばかりに、ばしんと背中を叩かれる。
すこし痛かったけれど、気持ちはすっきりしていた。

「さっき、俺が手加減しろって言ったの覚えてるか?」
「左之は過保護すぎるんだって!」
「あの、わたしは大丈夫です。ありがとうございます」
「なら良いんだけどな」

ため息をつきながら、原田先生が視線をパソコンのスクリーンに戻す。
にぎやかな会話は、いったん終了だ。
永倉先生も資料を手にして、頭を仕事に切り替えていた。

(二人とも忙しそうなのに、気をつかってもらっちゃったな)

初めてのクラス担任に、正規職員としての授業。テストの準備に会議。
どれも緊張の連続で、思考は常にフル回転。
頭の糸がぴんと張られたまま、あっという間に一学期が終わった。

担任をしている生徒たちの間で、すこしのトラブルはあったものの、大した問題にはならず解決。
もちろん、原田先生と永倉先生には、その件以外にもひどくお世話になった。
同じ一年生の担任だが、仕事では大先輩である。
近くに相談しやすい先輩がいるということに感謝しながら、いつか恩が返せるような教師になりたいと思う。

教師になる夢は叶った。
しかし、これから立派な教師になるという夢のほうが、叶えるのに骨が折れそうだ。
それこそ、千鶴が目指す彼のような教師になるなら、生涯勉強といっても過言ではない。
心地良い疲労感に包まれて、苦笑いを浮かべた。

「千鶴はもう仕事終わりだろ? 昨日まで、かなり張り切って進めてたもんな」
「ああ、そうだったな! おつかれ千鶴ちゃん!」
「ありがとうございます。お先に失礼しますね」

帰り支度を済ませると、ねぎらわれながら送り出される。何度もお辞儀をして職員室を後にした。
向かうのは、帰り道へ続く校門ではなくて、古典準備室。裏の別名は『教頭室』だ。
二階へ続く階段を上がる。足がすこしもつれそうになって、気持ちが高揚しているのが分かる。

期末テストの準備から今日の終業式まで、本当に忙しかった。
それこそ、時間が足りずに、食事をコンビニで買う日があったくらいだ。
言うまでもなく、彼の忙しさには更なる拍車がかかっており、仕事以外で会う時間はつくることができなかった。
簡単なメールのやりとりはあったけれど、直接会うのとは訳が違う。
久しぶりに二人きりだと思うだけで、胸がぎゅっとなった。

「――…失礼します。土方先生、居ますか?」

ノックをして、ぴたりと閉まっている戸を開ける。
デスクの椅子にもたれて資料を眺めていた横顔が、ゆっくりとこちらを向いた。
なぜか、悪戯をするような顔で笑っている。

「一学期終了、お疲れさん。……『千鶴先生』?」
「と、歳三さん!」
「学校内での呼び方が間違ってるぞ」
「……土方先生。からかうのは止めてください」

まだ、歳三さんには知られていないと思っていたのに。
眉間を寄せて抗議する私の頭を、大きな手がぐしゃぐしゃと撫でた。

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