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土千転生シリーズです。
再会編1話目です。
※オリジナル要素を多少含みますので、苦手な方はご遠慮ください。
2014/2/2 設定を残して書き直し

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桜色の鍵 (1)



「今日で、全部散っちゃうかな」

ためらうふりもせず枝を離れてゆく花弁。
見上げる視界は一面の桜色だ。
まだ少し冷たさの残る風は止まなくて、次々と花弁が舞い上がる。
風で乱れる髪は気にも止めず、ただその桜の大木に見入っていた。
こうして桜だけを視界に収めていると、まるで、あの時に戻ったみたい。

でも、隣には誰もいなくて。

「――…っ」

部屋に戻ろう。
食材の入ったレジ袋を持つ手を、必要以上に握り締める。
桜から無理やり視線を引き剥がして、逃げるようにマンションの入口へ向かう。
おぼつかない手つきで、覚えたばかりのオートロックを外して自動ドアをくぐった。
心臓はまだどくどくとうるさく鳴り続ける。
エレベーターのボタンを押そうとした指は震えていた。

(何してるんだろう、わたし)

もう再会できないと、諦めている訳ではないけれど。
前世の記憶を持ちながらこの世に生まれて、彼に会いたいと願い続けた年月はあまりに長く感じる。
そのせいか、少し思い出しただけでひどく動揺してしまう。

(会いたい)

私のことを、覚えていなくても良いから。
もう二度と、隣に立つことを許されなくても良いから。
でも、ただひらすらに追いかけた背中さえ見つけれられない。
にじむ涙に気付かないふりをして、唇をきつく引き結ぶ。
上昇して行くエレベーターの重力を、他人事のように感じていた。


彼の――歳三さんの命が終焉を迎えたのは、桜が咲くすこし前。
今にも蕾がほころびそうな、あたたかで、とても穏やかな日だった。

「あいつは昼寝か?」

縁側に座る私の膝を枕に、寝転がる歳三さんがゆっくりと問う。
もはや、身体を起こす力は無いらしい。

「はい、今日はあたたかいので、気持ち良さそうに眠ってます。――あの子の顔を見ますか?」
「いや、いい。起こしちまったら悪いしな」

そう言って微笑を浮かべる姿は、ひどく落ち着いている。
髪を撫でれば、もっとしてくれとねだる。
嘘みたいな平穏。
ずっと、この時間が続けばいいと、昨日まで願っていた。

「悪いな……桜が咲くまで待てなくて」
「そんなこと」

ありません、と続けようとした言葉を飲み込む。

「千鶴?」
「……悪いと思うのなら、また一緒に桜を見るって約束して下さい」
「千鶴」
「もしも来世という未来があるなら、また歳三さんの背中を追いかけることを、許して下さい」

おかしなことを言っているのは分かっていた。
もう、身に余る程の幸せを与えてもらった。我儘を言っている。
でも、どうしても、これから先を生きていくための糧を、彼の口で言葉にして欲しかった。

「俺には願ってもみない約束だが……そんなに先まで、おまえを縛っても良いのか?」
「わ、わたしは、歳三さんしか好きになりません!」
「悪い、怒るなよ」

真剣だった瞳の目尻が下がって、やわらかく微笑んだ。
それでも眉間に皺を寄せたままの、歳三さんらしい表情の奥には、愛しさが含まれていることを知っている。
手が届きようの無い背中をひたすら追いかけて、そして知ったのだ。
彼の、実は人情深い性格も、意思を貫き通す信念も、注いでくれた愛情も、ぜんぶ。

「見つけたら、絶対に離してやらねえからな。覚悟してろよ、千鶴」
「はい、はいっ……!」
「やっぱり……おまえには敵わねえなあ」

おもむろに、こちらに差し出された手を取る。
指を絡められて、ぎゅっと力を込められはしたが痛みはない。体はもう限界のようだ。
強く握り返した手から、歳三さんの体温が伝わってくる。

「痛えよ」
「……ごめんなさい」
「仕方ねえなあ……おまえは、泣き虫で」

微笑んだ彼の髪が白く変わって、そして崩れた。
やわらかい春の陽に溶けて消える。
私の瞳から零れた涙が、彼の頬に落ちることはなかった。


「……歳三さん」

ぽつりと呟いた言葉は、越してきたばかりの部屋に響いて消えた。
同時に、自分の声で頭が覚醒する。
咄嗟に目を向けた、窓の先にある空は、もうオレンジが混じっていた。
電気も点けていなくて部屋は薄暗い。
いくらなんでも気を落とし過ぎだ。
ゆっくりと空気を吸い込んではき出す。開けっ放しだった窓から風が入りこんできて気持ちが良い。
背筋を伸ばして、腰かけていたベッドから立ち上がった。
部屋には、詰まれたまま積み重なる段ボール。

今日、わたし、雪村千鶴はこのマンションに越してきた。

母は千鶴たちを産んだ数年後に他界。
双子の兄である薫は、小学校に上がるとき親戚の養子となった。
そのときから、千鶴は父の綱道と二人暮らし。
医者である父は家を空けることが多かったが、常に千鶴を心配してくれる心優しい人柄だ。
兄も――文句を言いながらではあるが、よく千鶴に会いに来てくれる。
母はいなくとも、あたたかい家族に恵まれていた。
しかし数か月前、父の海外出張が決まった。ちょうど千鶴が大学に合格した翌日のことである。

「おまえがそう言うなら、希望通りにしよう。私の仕事のせいでいつも苦労をかけてすまないが、防犯と帰り道にはくれぐれも気を付けるんだぞ。あと飲み会などでしつこい男が居たらだな……」
「お父さん、そんなに心配しないで。しっかり一人暮らしするから。それより、お父さんの食生活の方が心配」
「うっ……」

長年暮らした一軒家はハウスキーパーに任せて、一人暮らしをしたいと提案したのは千鶴だった。
父には「広い家に一人で暮らすのは寂しいから」と言った。決して嘘ではない。
しかし、もう一つの理由は、千鶴に前世の記憶があると知らない父には伝えることができない。

(生活する場所を変えてみれば、歳三さんに会える確率が上がるかもしれない)

それでも、必ず会える訳じゃない。
分かっていても、動かずにはいられなかった。
そう意気込んでいるときに見つけたのがこのマンションである。
入口の前で存在感を示す桜の大木。
まだ蕾がほころぶ様子も無い季節だったけれど、千鶴の頭には満開になった風景が一気に広がった。
開花すれば、咲いている間に毎日見ることができるだろう。
不動産屋に聞いてみれば、昔からあるその桜を、オーナーが気に入って残したらしい。
他のマンションも数軒見てまわったけれど、結局あの桜の大木が忘れられず、契約するに至る。
ワンルームにしては賃料が高くて悩んだが、父は快諾してくれた。
何でも「千鶴が我儘を言うのが初めてだから」とかで、いやに乗り気だ。
感謝しつつも、正直な理由を打ち明けられないことに胸が痛む。

――そうやって決めた部屋なのだ。引っ越しの初日で、気落ちしている場合ではない。

意気込んだ千鶴の手には、パウンドケーキが入った紙袋。ご近所への挨拶のために手作りをした。
千鶴の部屋は角部屋だ。
共同廊下を歩いてみたところ、どうやら、ワンルームと2LDK程度の部屋が混在しているらしい。
お隣は2LDKのつくりなのか、優しい雰囲気の老夫婦が住んでいた。手作りのケーキは喜んでくれていたし、おかずをお裾分けする約束もした。まずまず順調である。
下の階は空き部屋だったので、残るは上の部屋だ。
しかし、心配事がひとつ。

「ひとつ上は最上階――…住んでるのはお金持ちの人かあ」

14階建てのこのマンションは、最上階のみ作りが違うらしい。
何でも、賃料は数倍になるとか――というのが、お隣の奥さんに教えてもらった情報だ。
ちなみにワンルームなんて間取りは存在しないらしい。

(手作りのケーキなんて、渡して大丈夫かな……)

数種類のチェリーとスパイスを入れた、手作りのパウンドケーキ。
味見はしたので不味い代物ではないが、市販のお菓子に比べたらやはり劣ってしまう。
しかし、これから買いに行けば、訪問するには失礼な時間になってしまうだろう。

(うん。頑張って渡して来よう)

笑顔で挨拶をすれば大丈夫だと信じたい。
軽く深呼吸をして、上階へ続く階段を上った。

<続>
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