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限りなく土方←千鶴←風間です。土方さん出てきません。
劇場版設定です。ネタバレありますのでご注意下さい

拍手[6回]






散らせない花




「まだ、慣れないなあ……」

悪戦苦闘しながら、袖なしの洋服――どうやら『べすと』というものらしい――の釦を留めた千鶴は呟いた。
数歩後ろでは背を向けた風間が、夜間暖をとる為におこした火の番をしている。
ひどく静かな森にパチパチと燃えた木の爆ぜる音だけが響く。
視界に入れなければ、居るかどうかすら分からない程気配が無いのは、彼が自称している『鬼の頭領』だからなのか。
ぼんやりとその背中を眺めていたら、おもむろに低い声が放たれた。

「……何をやっている。まさか、まだ身体も拭き終わっていない、などと言わないだろうな」
「だ、大丈夫です。もうすぐ終わりますから!」

川の水で絞った手拭いを、突然差し出してきたのは風間だった。
彼は極端に口数が少ない。
その事実は受け入れたが、差し出されただけでは流石に意図をくみ取れない。
ただ手拭いを受け取って困惑していた千鶴に向かって、それで身体を拭け、と小さく言われてやっと理解した。
千鶴は一応女であるし、身体を拭くことを進めるのは恥ずかしかったのだろうか。
しかし、大して変化しない表情からは何の感情も読めなかった。
分かったことといえば、彼なりに千鶴を気遣ってくれている――かもしれない、ということ。

そんな経緯があって、千鶴はいま木の陰に隠れて身づくろい中だ。
最後に髪を拭いて完了。
もたつきながらも洋装を整えて、ようやく風間の元へ戻った。
少し考えて、お互いの顔が見える斜め前に座る。

「ありがとうございました。お陰様でさっぱりしました」
「……そうか」

一瞬こちらに目を向けた気もしたが、すぐに視線は火へと戻ってしまった。
つられて目を焚き木へと移せば、夜の闇に煌々と赤く燃える様がまぶしくて目を細める。
ときおり、光につられて飛んできた虫が飛び込んでは消えたりした。
風間は微動だにしない。

(不思議な人……いや――鬼、なんだっけ)

千鶴のことを同胞と呼ぶ風間が、自在に姿を変えるのを確かに目にした。
疑っている訳ではないけれど、どうにも、自分が鬼だということだけは実感がない。
傷はたちどころに癒えるが、自分で鬼の姿になることはできないし、人並み外れた強さがある訳でもない。
ただ、風間がこうして手を貸してくれることに関していえば、鬼で良かったと思える。
新選組を――土方を追いかけることができるなら、もう自身の出生などに固執している場合ではない。

「……明日も早いぞ。呆けている時間があるなら寝ておくと良い」
「毎日そう言って、風間さんは寝ているのですか?」
「寝ている」
「嘘です。火の番は交代で起こして下さいと言っているのに、起こしてくれたことがありません」

千鶴が目を覚ませばいつも空は明るみ始めていて、しかも出立の準備は済まされている。
風間が言う『寝ている』というのは、起き抜けの千鶴が目にする、座りながら目を閉じて動かない様を言っているようだが、まったく信憑性がない。
いくら屈強な鬼であっても、倒れてしまうのではないか。

「御託は良い……早く、寝ろと言っている」

流石に苛ついたのだろうか。
ただでさえ低い声は地を這う様だし、赤の鋭い目はこちらを向いている。
少し息が詰まるが、助けられてから数日旅を供にして、それほど怖いと思わなくなってしまった千鶴である。
むしろ、千鶴を気遣ってくれているのだとしたら、なぜそうしてくれるのか分からない。
いま身に着けている身丈調度の洋装だって、風間が用意していたものだった。

「どうして、私にそこまでしてくれるのですか」
「おまえの為ではない」
「――でしたら、」
「言ったであろう、俺もそこへ向かう目的があるのだと。連れて行くと約束したのだから、必ず守る」

だからおまえに倒れられては困るのだと、静かに告げられた。

「でも、今日は風間さんが先に寝て下さい。先にあなたが倒れてしまうかもしれません」
「……時間の無駄だな」
「え? ――きゃあっ!」

ばさりと、和服の羽織を投げて寄越される。
落とさないように必死に掴んだ。
足元には、羽織りと同時に投げたのか、敷くための麻布が転がっていた。

「……風間さん」

彼は答えない。
さっさと寝ろということなのだろう。
ここまでされたら無下にする訳にもいかなくて、仕方なく麻布を敷いて横になる。
長時間の乗馬で疲れている体は、すぐに睡魔に襲われた。
馬を操っている風間の疲労は如何程だろうか。

「……絶対に、起こして下さいね」

赤い眼は、もうこちらに向くことはなかった。



結局、気合で深夜に目を覚ました千鶴に根負けした風間は横になることになった。
とんでもなく嫌そうな顔をしていたことは忘れない。
しかも、空が微かに明るみ始めただけで起き上がってしまったので、ひどく千鶴を落胆させた。

「行くか」
「はい」

鞍を掴み馬の背へ跨る。
はじめは慣れなかったこの動作も、風間の手助け無しでできるようになった。
最初は、鬼がこんなこともできぬとはと、ずいぶん訝しがられたものだ。

「……何をしている。振り落とされても知らんぞ」
「――すいません」

腕をまわして寄り添った背中は、広くて大きくて、そしてあたたかい。
いま、この背中にしか頼るところがないというのも、まったく贅沢な話かもしれなかった。
しかし、千鶴が追い掛けたいものは一瞬も立ち止まってくれない。
――そうだ。千鶴は今、土方を追いかけることに必死なのだ。
ぎゅっと目を瞑る。
しばらく目にすることもできずに遠くなる背中を、瞼の闇の中で必死に手繰り寄せて焼き付ける。
知らず強くなっていた腕に、風間は気付いていたのだろうか。
漸く開いた瞼の目前にある背中は、やはり微動だにしていない。

「今日も、よろしくお願いします」

この背中だって真っ直ぐ前を向いていることを、見て見ないふりをしていた。


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