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参加させて頂いた企画への提出作品です。

SSLの未来設定・大学生の千鶴ちゃんと社会人風間さん
成人の日がテーマです。

拍手[4回]







二十歳、冬、意味もなく広い自室にて




「――…千鶴、着付けはまだ終わらんのか」
「はいはい。もう終わりますから、部屋の前にずっと立っているのは止めて下さい」

しっかりと締められた帯が少し苦しい。私ひとりの着付けをするには多過ぎる着付け師たちの手を借りて、振り袖の色に合わせた桜色の草履を履く。
こちらに越してくるとき、千景が用意してくれた部屋は広すぎて、化粧台から入口まで行くにも少し時間を要する。これが家の一部でしかないなんて、まだ信じられない。もっとも、千景に頼み込んだすえ、わたし個人の部屋を用意してくれたことは有難いのだが。

「千景さん、入っていいですよ」
「……遅い。なぜこんなに時間がかかるのだ」
「……これでも早い方だと思います」

どうやら、すっかり機嫌を損ねたらしい。私にはさっぱり分からない高級ブランドのスーツに身を包んだ千景が、目の前に立ち塞がった。
(じゃあ、自分の部屋で待っていれば良かったのに)
そう反論すれば、彼の機嫌をさらに損ねるのは目に見えていたので、苛立ちの混じる視線を見返すだけにとどめた。

「まあ良い、早くこちらに座れ。時間に間に合わなくなるぞ」

問答無用で、化粧台のスツールに座らさせる。
慣れない着物姿なのだから、もう少し優しくしてくれても良いのに。背後に立っている千景に今度こそ抗議しようと思って振り向いたが、「大人しくしていろ」のひとことで顔を鏡の方へ戻されてしまった。
気付けば、広い部屋は二人だけになっていた。

「伸ばした甲斐があったな」

千景の長い綺麗な指が、伸ばした髪を何度もすく。下ろしたままの黒髪を楽しんでいるのか、視線はずっと後頭部に向かったままだ。

「……時間がないって、言ってませんでした?」
「これから成人式とやらにお前をやるのだ。少しは俺との時間を大切にしたらどうだ」
「成人式と言っても数時間ですよ? 大袈裟です」
「まったく……相変わらず素直ではないな」

やっと髪がゆるくまとめられた。一気にスピードを上げた千景の手によって、華やかな化粧が施されていく。

「……千景さんって、器用ですよね」
「これくらい普通だ」
「でも、わざわざ千景さんがヘアメイクしなくても良かったのに」

もはや、何故ヘアメイクができるのか、何てことは聞かない。全てが常識離れしているのだ、この風間千景という男は。
本当は着付けも含めた全てを千景がやると言い張って一悶着した。何とか着付けだけは回避したものの、ぞろぞろとやって来た着付け師たちと、数分ごとにせかす千景に、朝から少し疲れてしまった。

「振り袖は俺に見立てさせなかったではないか。これくらいはさせろ」
「……まだ根に持ってたんですね?」
「我が妻の一生に一度の晴れ舞台。己が選んだ振り袖で着飾らせたいと思うのは、夫として当然のことだろう」

いま身に着けているのは、綺麗な桜色の振り袖だ。細かく描きこまれたやさしい桜色の花弁に、あたたかい紫や橙も咲いている。
一般人にしては高価な代物だが、感覚が大分ずれている千景には渋い顔をされた。
しかし、これは薫が選んで買ってくれたものなのだ。薫は両親の遺産で買ったと言い張ったけれど、アルバイトを増やしていたことには気付いていた。たった2人の兄妹なのだ。別々に暮らし始めた今でも、千鶴にとって薫が大事な家族であることに変わりない。
だから、振り袖だけは、いくら千景に詰め寄られようと譲れないのだ。

「こればっかりは、どんなに高価なものを頂いても頷けません」
「ふん……もはや、千鶴と離れて暮らしているにも関わらず邪魔をしてくるとは、相変わらず気に食わん奴だ」
「でも、できるだけ仲良くして下さいね?」

鏡に映った彼にそう言えば、たっぷりと時間かけたあげく「分かっている」と無愛想な返事が頭上から降って来た。
でも、千景だって分かっているのだ、千鶴と薫がお互いを家族として大切にしているのは。二人がうまく相容れないのは、千景と薫の性格が似ているからではないかと、千鶴は密かに思っている。
高校を卒業して、婚約を薫に報告したとき、千景とは始終言い争いをしていた。
感情にまかせて口を動かしてしまう自分に比べて、2人はとても理論的な会話をする。千鶴はとても難しくて入っていけない。
薫曰く、言い返せない言葉ばかりを冷静な顔で並べてくる千景が気に入らないらしい。婚約については、「千鶴が選んだなら」と言って渋々了解してくれたけれども。

「今日は、お千ちゃんと一緒に薫もお迎えに来てくれるんです。喧嘩しちゃだめですから」
「……心配するな」

千景の表情が、ほんの少し曇る。
最近、ほとんど動かないと思っていた千景の表情にも、場面ごとに変化があることに気付き始めた。少し固くなった表情は、薫とうまくできるかどうかについて緊張しているからだと思いたい。
千鶴が大学を卒業したら結婚することになっているのだ。千景と薫が険悪な状態のままその時を迎えるのは、千鶴だって悲しい。

「……なぜ難しい顔をする? 大丈夫だと言っているだろう」
「約束、ですからね?」
「そんなに俺が信用できないのか……? そんなことより、できたぞ」

はっとして、彼に向かっていた視線を鏡の自分へと移した。
斜め上に高く結ばれた髪が、緩いウェーブを描きながら肩に降りてきている。それに沿うように、枝垂れ桜の髪飾りが挿されていた。
唇のグロスも桜色だ。

「すごい……ありがとうございます」
「美しいな。我が妻なら当然だが」

千景が満足気に頷く。目が細められているところを見ると、とても喜んでいるようだ。

「あれ、メール?」

タイミング良く鳴った携帯を確認してみると、送信者はお千だ。
『準備はできたかしら? 千鶴ちゃんの振り袖、とっても楽しみ。もう薫は拾ったから、玄関で待ってるわね。』
相変わらず元気な親友に自然と口元が上がる。お千はどんな振り袖を着てくるのだろうか。

「お千か?」
「はい、もう玄関に来ているそうです。行ってきますね」
「そうか、では」
「……あの?」
「何だ」
「お千ちゃんと薫が待っているのですが……?」

千景の両手に支えられて立たされたと思えば、くるりを千景に向かい合う体勢になった。
手はそのまま帯から離れてくれないし、移動を手伝ってくれるという訳ではないらしい。

「俺を置いて行くのだ。行く前に口付けくらいするのが礼儀ではないか」
「……そういうことですか」

千鶴の予想に反して、千景は式に付いて行くと言わなかった。
てっきり、千鶴が友人たちと交流できるように気を使ってくれたのだとばかり思っていたのだが。珍しく我儘を言わなかったのは、それだけが原因ではなかったと今さら気付く。

「どうした。俺に薫と仲良くして欲しいのだろう? 玄関で、奴の前でするのはまずいのではないか」
「……薫が、千景さんを気に入らない理由が少し分かった気がします……」
「何か言ったか」
「何でもありません。い、いってきます」

意を決して、千景の唇へ軽い口付け送った。
口付けなんて何回しても慣れないし、動きにくい草履で背伸びはふらついてしまった。
それでも、やっと外れた千景の両手から逃れて、ほてった顔をぱたぱたと手で冷ましながら玄関に向かう。

「……やはり俺も行こう」
「だ、だめですっ!」

こちらは振袖で必死の早足だから、脚の長い千景にすぐ追いつかれてしまう。
結局、玄関まで出て来てしまった千景の、千鶴から移った桜色のグロスに薫が激怒するのは、たった数分後に起こる出来事あった。


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